歯の健康は、全身の健康にもつながる大切な要素です。しかし、歯科治療は高額になることも多く、家計への負担が大きくなりがちです。そんな時に知っておきたいのが医療費控除です。
歯科治療費は、条件を満たせば医療費控除の対象となり、確定申告を行うことで、納めた税金の一部が還付されたり、翌年の住民税が減額されたりします。
「控除」とは、「差し引く」という意味です。1年間(1月1日~12月31日)にかかった医療費の合計が一定額を超えた場合、確定申告を行うことで、その超過分が課税所得から差し引かれ、その結果、所得税や住民税が軽減されるのです。
このページでは、歯科治療における医療費控除について、対象となる治療内容、申請方法、必要書類、計算例、よくある質問などを解説します。医療費控除を正しく理解し、賢く活用して、家計の負担を少しでも軽減しましょう。
1. 医療費控除とは?仕組みとメリットを理解しよう
医療費控除とは、納税者本人または生計を共にする配偶者やその他の親族のために支払った医療費が、その年の1月1日から12月31日までの間に、一定額を超える場合に受けられる所得控除のことです。
「生計を共にする」とは? 必ずしも同居している必要はありません。例えば、単身赴任中の父親や、仕送りをしている学生の子供なども含まれます。日常生活で消費するお金(生活費、教育費、医療費など)を、相互に負担し合っている状態が「生計を共にしている」と判断されます。
【控除の対象となる医療費のライン】
医療費控除の対象となるのは、以下の金額を超えた部分です。
- 原則として10万円
- 総所得金額等が200万円未満の場合は、総所得金額等の5%
総所得金額等とは? 給与所得者であれば、源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」から「所得控除の額の合計額(社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除など)」を差し引いた金額が目安となります。
【医療費控除の計算式】
医療費控除の金額は、次の式で計算されます(控除額の上限は200万円)。
(実際に支払った医療費の合計額 – 保険金などで補填される金額) – 10万円(※)
※その年の総所得金額等が200万円未満の人は、総所得金額等の5%
「保険金などで補填される金額」とは? 生命保険契約や損害保険契約などで支給される入院給付金、健康保険から支給される高額療養費、出産育児一時金、家族療養費などです。これらは、実際に支払った医療費から差し引く必要があります。
【具体例で計算してみよう!】
例1: 1年間にかかった医療費(歯科治療含む)が60万円、保険金等で補填される金額が5万円、総所得金額等が400万円の場合。
(60万円 – 5万円) – 10万円 = 45万円
この場合、45万円が医療費控除の対象額となります。
例2: 1年間にかかった医療費(歯科治療含む)が15万円、保険金等で補填される金額が0円、総所得金額等が180万円の場合。
180万円 × 5% = 9万円
15万円 – 9万円 = 6万円
この場合、6万円が医療費控除の対象額となります。
【医療費控除のメリット】
- 所得税が還付される: 医療費控除により課税所得が減るため、既に納めた所得税の一部が還付されます。
- 住民税が減額される: 翌年度の住民税が減額されます。住民税は前年の所得に基づいて計算されるため、医療費控除により所得が減ると、結果的に住民税も減額されるのです。
2. 歯科治療で医療費控除の対象となる費用・ならない費用
歯科治療では、保険診療だけでなく、自費診療も医療費控除の対象となる場合があります。しかし、すべての治療が対象となるわけではありません。ここでは、具体例を挙げて詳しく解説します。
【医療費控除の対象となる歯科治療費の考え方】 病気や怪我の「治療」にかかる費用は医療費控除の対象になりますが、「予防」や「美容」にかかる費用は、基本的に対象外となります。
2-1. 対象となる治療の例
- 保険診療
- 虫歯治療: 虫歯の除去、詰め物(インレー)、被せ物(クラウン)、神経の治療(根管治療)など、虫歯の治療にかかる費用は、原則としてすべて対象となります。
- 歯周病治療: 歯石除去(スケーリング)、歯周ポケットの清掃、歯周外科手術など、歯周病の進行を抑え、歯を失うリスクを減らすための治療は対象となります。
- 親知らずの抜歯: 親知らずが原因で痛みや腫れがある場合、また、隣の歯に悪影響を及ぼす可能性がある場合などの抜歯は、治療目的とみなされ対象となります。
- 入れ歯治療: 噛む機能を回復させるための入れ歯の作製、修理、調整にかかる費用は対象となります。
- 歯科検診で病気が見つかり、そのまま治療を受けた場合: 検診の結果、虫歯や歯周病などの病気が見つかり、その場で治療を受けた場合、検診費用も含めて医療費控除の対象となります。
- その他、治療を目的とした診療全般: 上記以外でも、医師が治療のために必要と判断した診療は、原則として対象となります。
- 自費診療(条件を満たせば対象)
- インプラント治療: 歯を失った部分に人工歯根を埋め込み、その上に人工歯を装着するインプラント治療は、噛む機能を回復させるための治療として、医療費控除の対象となります。
- 矯正治療(※注意点あり): 矯正治療は、不正咬合(噛み合わせの異常)の治療を目的とする場合に限り、医療費控除の対象となります。特に、発育段階にある子どもの成長を阻害しないようにするために行う不正咬合の歯列矯正は、対象となる可能性が高いです。
- セラミック治療(※注意点あり): 虫歯や歯周病の治療としてセラミック素材を用いた詰め物や被せ物を行う場合、機能回復を目的としているため医療費控除の対象となります。
- 金やポーセレンを使った治療: 虫歯治療などで金合金やポーセレン(陶材)を使用した場合も、医療費控除の対象となります。
- その他: 上記以外にも、一般的な水準を著しく超えると認められる特殊なものを除き、医師が治療上必要と判断した自費診療は、医療費控除の対象となる場合があります。
2-2. 対象とならない治療の例
- 美容目的の矯正治療: 歯並びを整える目的であっても、見た目を良くするためだけに行う大人の矯正治療などは、医療費控除の対象外です。
- ホワイトニング: 歯を白くするホワイトニングは、美容目的とみなされ、医療費控除の対象外です。
- 予防を目的とした歯科検診: 虫歯や歯周病などの病気を予防するための歯科検診は、病気の治療ではないため、医療費控除の対象外です。ただし、検診の結果、病気が見つかり治療を受けた場合は、検診費用も対象となります。
- 歯ブラシや歯磨き粉などの物品購入費用: 歯ブラシ、歯磨き粉、デンタルフロス、マウスウォッシュなどの、予防やセルフケアのための物品購入費用は、医療費控除の対象外です。
2-3. 通院費について
歯科医院への通院にかかった交通費も、医療費控除の対象となります。
【対象となる通院費】
- 公共交通機関(電車、バスなど)を利用した場合の交通費: 領収書の提出が難しい公共交通機関の交通費は、日付、通院先、交通費を記録したメモがあれば問題ありません。
- 通院が難しい場合のタクシー代: 怪我や病気などで、公共交通機関の利用が難しい場合のタクシー代は、医療費控除の対象となります。領収書を必ず保管しておきましょう。
【対象とならない通院費】
- 自家用車で通院した場合のガソリン代や駐車場代: 自家用車で通院した場合のガソリン代、駐車場代、高速道路料金などは、医療費控除の対象外です。
【通院費申請のポイント】
- 通院費を記録したメモ: 日付、通院先(歯科医院名)、利用した交通機関、かかった交通費を、都度メモしておきましょう。
- 領収書: タクシーなどを利用した場合は、必ず領収書を受け取り、保管しておきましょう。
3. 医療費控除を受けるための手続き:ステップバイステップガイド
医療費控除を受けるためには、確定申告を行う必要があります。ここでは、必要な書類、手続きの流れ、注意点について詳しく解説します。
3-1. 必要な書類
- 確定申告書: 税務署で入手するか、国税庁のホームページからダウンロードできます。
- 医療費控除の明細書: 支払った医療費の内容を詳細に記入する書類です。国税庁のホームページからダウンロードできます。領収書の添付は不要ですが、提示を求められる場合があるので5年間自宅等で保管する必要があります。令和2年分の確定申告から、「医療費通知」を添付することでも提出できます。
- 源泉徴収票: 給与所得者の場合、勤務先から発行される源泉徴収票が必要です。
- 医療費の領収書: 支払った医療費の領収書は、確定申告書に添付する必要はありませんが、税務署から提示または提出を求められる場合があります。支払った日付、支払先(医療機関名など)、支払った金額が明確に記載されていることを確認し、5年間大切に保管してください。
- 医療費通知(健康保険組合等が発行する「医療費のお知らせ」など): 「医療費のお知らせ」などの医療費通知を添付すると医療費の明細を記載しなくてもよくなります。原本を添付する必要があります。
- 還付金の振込先口座情報: 還付金を受け取るための口座情報を記入します。本人名義の口座を指定しましょう。
- 本人確認書類: マイナンバーカード(番号確認と身元確認)、またはマイナンバーの通知カードなど番号確認書類と運転免許証など身元確認書類の2点が必要です。
- (交通費を申請する場合)日付、通院先、交通費を記録したメモ: 公共交通機関を利用した場合、領収書が発行されない場合が多いため、記録したメモが必要になります。
3-2. 確定申告の期間
- 原則として、翌年の2月16日から3月15日までです。
- 還付申告の場合は、翌年1月1日から5年間提出可能です。つまり、過去の医療費についても、5年以内であれば遡って申告することができます。
3-3. 手続きの流れ
- 必要書類の準備: 上記の必要書類を漏れなく準備しましょう。領収書は、支払先ごとに合計金額を計算しておくとスムーズです。
- 確定申告書の作成: 確定申告書と医療費控除の明細書を作成します。
- 手書きで作成: 税務署で用紙を入手し、手書きで記入します。
- 国税庁のホームページで作成: 国税庁のホームページにある「確定申告書等作成コーナー」を利用すると、画面の案内に従って入力するだけで、簡単に申告書を作成できます。印刷して提出する他、e-Taxでそのまま提出することも可能です。
- 税務署へ提出: 作成した書類を、住所地を管轄する税務署へ提出します。
- 直接持参: 税務署の開庁時間に直接持参します。
- 郵送: 郵送で提出することも可能です。
- e-Tax: インターネット経由で電子申告するe-Taxを利用すると、自宅から申告が完了します。
3-4. e-Tax(電子申告)の利用
医療費控除は、e-Taxを利用してインターネットで申告することも可能です。e-Taxを利用すると、以下のようなメリットがあります。
- 24時間いつでも申告可能: 税務署の開庁時間を気にせず、自宅からいつでも申告できます。
- 添付書類の提出を省略できる場合がある: 医療費の領収書などの提出を省略できる場合があります(ただし、税務署から提示又は提出を求められる場合があるので5年間は保管が必要です)。
- 還付が早い: e-Taxで申告すると、還付金が早く振り込まれる傾向があります。
e-Taxの利用には、マイナンバーカードとICカードリーダライタ、またはマイナンバーカードに対応したスマートフォンが必要です。
4. 医療費控除を受ける際の注意点:見落としがちなポイントを解説
- 領収書の保管: 医療費の領収書は、確定申告後も自宅で5年間保管する必要があります。税務署から提示を求められる場合がありますので、紛失しないように大切に保管してください。
- 保険金等の確認: 生命保険や損害保険などから医療費の補填を受けた場合は、その金額を差し引いて計算する必要があります。例えば、入院給付金や手術給付金、高額療養費制度による払い戻しなどです。
- 家族の医療費を合算可能: 生計を共にする家族の医療費は合算して申請できます。配偶者や子供だけでなく、仕送りしている両親などの医療費も合算できる場合があります。
- 歯科ローンを利用した場合: 歯科ローンを利用して治療費を支払った場合、信販会社が立替払いをした年の医療費控除の対象となります。手元に領収書がない場合でも、歯科ローンの契約書の控えなどで確認できます。分割払いの金利や手数料は医療費控除の対象外です。
- 高額療養費制度との併用: 高額療養費制度を利用した場合、その給付額を医療費から差し引く必要があります。高額療養費制度とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額(※)が、ひと月(月の初めから終わりまで)で上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度です。
- セルフメディケーション税制との関係: 医療費控除とよく似た制度に、セルフメディケーション税制があります。これは、特定の市販薬を購入した際に受けられる所得控除です。**医療費控除とセルフメディケーション税制は、どちらか一方しか選択できません。**どちらが有利かは、個々の状況によって異なりますので、よく検討して選択しましょう。
5. よくある質問(Q&A)
Q1. 医療費控除は年末調整で手続きできますか?
A1. いいえ、できません。 医療費控除を受けるためには、必ず確定申告が必要です。
Q2. 医療費の領収書を紛失してしまいました。どうすればよいですか?
A2. 医療機関に再発行を依頼しましょう。 ただし、再発行に応じてくれない場合もあります。その場合は、支払先の「医療費のお知らせ」や振込明細書、通帳、クレジットカードの利用明細などを参考に医療費控除の明細書へ記載してください。
Q3. 去年、医療費控除の申請を忘れてしまいました。今からでも申請できますか?
A3. はい、大丈夫です。 医療費控除は、過去5年分まで遡って申告できます。
Q4. 矯正治療は、必ず医療費控除の対象になりますか?
A4. いいえ、必ずしも対象になるとは限りません。 矯正治療が医療費控除の対象となるのは、不正咬合(噛み合わせの異常)の治療を目的とする場合に限られます。特に、発育段階にある子どもの成長を阻害しないようにするために行う不正咬合の歯列矯正は、対象となる可能性が高いです。しかし、大人が美容目的で行う矯正治療は、原則として対象外です。
Q5. 歯科治療以外で、医療費控除の対象となるものはありますか?
A5. はい、あります。 医師による診療、治療、入院費用、医薬品の購入費、介護保険サービスの自己負担額など、幅広い医療費が対象となります。詳しくは、国税庁のホームページをご確認ください。
6. まとめ
歯科治療費は、保険診療だけでなく自費診療も医療費控除の対象となる可能性があり、家計の負担を軽減できる可能性があります。医療費控除を正しく理解し、適切に申請することで、納めた税金の一部が戻ってきたり、翌年の住民税が減額されたりします。
【医療費控除のポイントをおさらい】
- 対象となる治療: 虫歯治療、歯周病治療、親知らずの抜歯、入れ歯治療、インプラント、条件を満たす矯正治療・セラミック治療など、「治療」を目的とした幅広い歯科治療が対象となります。
- 対象とならない治療: ホワイトニングや美容目的の矯正治療など、「美容」や「予防」を目的とした治療は対象外です。
- 通院費も対象: 公共交通機関の交通費や、場合によってはタクシー代も対象となります。
- 申請には確定申告が必要: 原則として翌年の2月16日から3月15日までに確定申告を行いましょう。還付申告は5年間遡って申請できます。
- 領収書は5年間保管: 領収書は確定申告後も5年間大切に保管してください。
【今すぐできるアクション】
- 領収書の確認: 過去1年間に支払った歯科治療費の領収書を集め、医療費控除の対象となるかどうか確認しましょう。
- 通院費の記録: 交通費の記録も忘れずにチェックしましょう。
- 不明点は専門家に相談: 医療費控除の対象となるか判断が難しい場合や、手続きについて不明な点がある場合は、税務署や税理士などの専門家に相談しましょう。
特に高額な自費診療を受けた方は、医療費控除によって大きな金額が戻ってくる可能性があります。「自分には関係ない」と諦めずに、まずは領収書を確認し、医療費控除の対象となるかチェックすることから始めてみてください。
この情報が、皆様の歯科治療費の負担軽減と、健康な生活をサポートする一助となれば幸いです。
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